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インタビュー 一覧

イリ・イェリネク インタビュー

シュツットガルト・バレエ団2008年日本公演の開幕まで、残すところ7日。
カンパニーは日本公演の前に行われる韓国公演のため、13日にシュツットガルトを発ち、韓国・ソウルに入りました。明後日から二日間、韓国で「ロミオとジュリエット」の公演を行った後、19日に日本に到着する予定です。

さて、岩城京子さんによる、シュツットガルト・バレエ団レポートも今回が最終回。
最後に登場するのは「オネーギン」でタイトルロールを演じるイリ・イェリネクです。
イリは10年前からオネーギンを演じており、2006年の日本公演でも主演しています。しかし、残念ながら、その公演が貸切だったため、イリのオネーギンをご覧になっている日本のバレエ・ファンはほとんどいないのではないでしょうか。そんな幻(?)のイリのオネーギンが日本でお目見えするのは「オネーギン」初日の28日(金)。オネーギンの役作りについてじっくり話してくれたこのインタビューとハイライト映像をじっくりご覧の上、ご来場ください。


イリ・イェリネク(プリンシパル) インタビュー


チェコの国民的俳優を祖父にもつイリ・イェリネクは小学校にあがるまえから堂々プラハの国立劇場に子役として立っていた根っからの役者。「50年前のチェコ中の女性の心をときめかせていた」という祖父譲りの正統派な風貌と、「いつでも体を動かしていないと退屈しちゃう」と笑う幼稚園児のようなハイパーアクティブな魂を融合させた彼の舞は、抒情的で衝動的で、どこかボヘミアンの香り漂う自由な空気を客席に届ける。


―――まず、あなたがプラハ国立バレエ団でプリンシパルにまで上りつめながら、ここシュツットガルトに移籍しようと思われた理由から教えてください。

あのとき僕はまだ24歳で、それなのに既にカンパニーのトップレベルの踊り手になっていた。「このままいったら僕は盲者のなかの王様になる」。そう思ったら漠然と不安になって、もっときちんと僕のダンスレベルに適した場所に移籍したいと思ったんです。それでボストン・バレエやカナダ国立バレエなど数々のバレエ団のなかから、ここシュツットガルトを選んだ。なぜなら当時の僕にはプラハに最愛の人がいて、できる限り彼女の近くにいたかったから(笑)。でもこの選択は、バカな過ちをいっぱい犯してきた僕がとった数少ない正しい選択のひとつでした。最初こそコールドで入団しましたけど、2年目にはすでにオネーギンを踊らせてもらえてましたからね。

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―――今ではあなたは、バレエ団きってのオネーギン・ダンサーですね。

ええ、でもこの役に関しては、30歳を越えた今だからこそ分かってきたことがたくさんあります。たまに批評家や観客で、彼は傲慢で嫌味で冷徹なやつだと決めつける人がいますけど、僕の解釈ではまったくそうではない。オネーギンはただ自分の心に素直に生きただけの男。それに第3幕に関していうなら、むしろ頭でっかちな理由から、オネーギンを拒絶して、悲劇を招いているのはタチヤーナのほうです。身体的なことでいうなら、あの第3幕のパ・ド・ドゥは、なぜか疲れてぐったりしているときほど上手く踊れる傾向にあります。肩にのしかかる疲労感が、オネーギンの困難と苦悩の年輪にリアルさを与えるのかもしれません。


―――(取材が30分程経ったところで、足を揺すり肩を動かし始めたので)あれ、もしかして、少し取材に飽きてきましたか。すみません。

いやいや、そうじゃなくて。実は僕は30分以上じっとしていられない性分なんです(笑)。これは本当に問題でね。芝居は大好きなのに、その好きな芝居を観に劇場にいっても2時間客席に座っていられない...。だから僕は祖父と同じで、もっぱら、やる側にまわるしか選択肢がないんでしょう。実は、踊りのキャリアを終えたあと、役者に挑戦してみたい考えもあるんですよ! まだ先のことなので、具体的にどうなるかは分からないですけどね。

アンナ・オサチェンコ インタビュー

シュツットガルト・バレエ団ダンサーインタビュー第5弾は、今シーズンからプリンシパルに昇進したアンナ・オサチェンコ。彼女も今回が日本での初主演となります。マリイン同様、まず簡単なプロフィールを。


アンナ・オサチェンコ Anna Osadcenko

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カザフスタンのアルマ・アタ出身。2000年のローザンヌ国際バレエコンクールでレスポワール賞を受賞し、9月よりジョン・クランコ・バレエ学校で学ぶ。2002/2003年のシーズンにシュツットガルト・バレエ団に入団。05/06年のシーズンに準ソリスト、07/08年にソリスト、そして今シーズ(08/09)よりプリンシパルに昇格。クランコ版「白鳥の湖」のオデット/オディール、ピーター・シャウフス版「ラ・シルフィード」、ハイデ版「眠れる森の美女」のオーロラ姫など全幕作品で主役を踊る。そのほかに、「眠れる森の美女」のリラの精や青い鳥のパ・ド・ドゥ、「オネーギン」のオリガなどを踊っている。



アンナ・オサチェンコ(プリンシパル) インタビュー




カザフスタン出身のアンナ・オサチェンコは、今年新たにバレエ団のプリンシパルに加わった24歳の注目株。指先のすみずみまで意識を行き渡らせ、体中で楽曲のクレッシェンドを奏でるその舞は、清らかで、意志強く、溢れんばかりの詩情を観客に伝える。年齢のわりに成熟した物腰のアンナ自身もみずから「私は音楽性にあふれたダンサーだと思う」と語ってくれた。


―――まずプリンシパル昇進、おめでとうございます。

ありがとう。私自身、こんなにすぐに昇進できるとは思っていませんでした。だから少し予想外だったけど、嬉しいことに変わりはない。それにプリンシパルになったからといって、ゴールに辿り着いたわけではないですしね。むしろここからの道のりのほうが長いわけですし、すべてが私自身の努力ひとつにかかってくる。私は40歳になったときにも「もっとよくなれるはず」と考えているダンサーになりたいので、日々、努力を怠らず終わりのないバレエの道を進んでいこうと思います。


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「眠れる森の美女」オーロラ姫:アンナ・オサチェンコ

―――あなたの踊りはとても音楽性が豊か。昔から音楽に対して、鋭敏な感性をもっていたと思われますか。

ええ、踊りはじめたその瞬間から、音楽は私にとってとても大切なものでした。そもそも私はいつでも踊るとき、頭のなかで音楽を歌っているぐらいなんです(笑)。だから音楽がないなかで踊るなんてとても考えられない。たとえば今度、日本で踊る『眠れる森の美女』のオーロラ姫にしても、チャイコフスキーの音楽にあわせて体を動かしていくと、自然と自分自身がオーロラ姫の気持ちになっているんです。音楽に身をゆだねることで、自然と感情が湧き出てくるんですよ。これは本当に不思議な感覚です。


―――現在でもオーロラ姫、オデット/オディール、シルフィード、など数々の古典主役を踊られています。今後プリンシパルとして、さらに忙しい日々が待ち受けていそうですね。

でもそれは願ったりなことです。なぜなら私は居住10年目にしてこのシュツットガルトの街の、すべての美術館、映画館、ショップを知り尽くしてしまったから。仕事ぐらい充実していなければ、この街では退屈して死んでしまう(笑)。私はなんでも新しいことにトライすることが大好きなんです! この性格は、役にたとえて説明するなら、少し『オネーギン』のオリガに似ているかもしれません。彼女はオネーギンとレンスキー、ふたりの愛を手に入れようとする。いっぺんに二つのものを手に入れようとするんです。でも、人生ではいつだって二兎を追う者は失敗する。でもオリガは好奇心から、どうしても両方欲しがってしまう。つまり彼女の根底にある人生観は、ノー・リスク、ノー・ジョイ。そしてこの言葉は、私自身にもあてはまる。なので今度の11月に初めて日本のお客様のまえでプリンシパルとして踊るという、とても緊張感のあるチャレンジに挑みますが、私はそのリスクを心から楽しみたい。とにかく目一杯エンジョイしてポジティブに踊ろうと思います。


◇アンナ・オサチェンコの出演予定日 
 11月24日(祝・月) 3:00p.m. 「眠れる森の美女」(オーロラ姫)
 11月29日(土) 3:00p.m. 「オネーギン」(オリガ)

マリイン・ラドメイカー インタビュー

お待たせしました! 以前よりお知らせいたしました岩城京子さんのシュツットガルト取材第2弾のダンサー・インタビューをお届けします。
初回はマリイン・ラドメイカー。彗星の如く現れた若きプリンシパルですが、日本で主演するのは今回が初めてということもあり、ご存知ない方も多いのではないかと思います。簡単に彼のプロフィールをご紹介しますと・・・。


マリイン・ラドメイカー Marijn Rademaker

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オランダのナイメーヘン出身。2000/2001シーズンにシュツットガルト・バレエ団に入団。2004/2005シーズンにデミ・ソリストに昇格。2006年6月『椿姫』のアルマンを初めて踊った直後、芸術監督のリード・アンダーソンにより飛び級でプリンシパルに任命される。レパートリーは『眠れる森の美女』の王子、『オネーギン』のレンスキーのほか、『ロミオとジュリエット』のロミオ、『白鳥の湖』のジークフリート、『カルメン』(クランコ振付)のドン・ホセ、『ラ・シルフィード』のジェイムズなど。
今年7月にハンブルグで行われた<ニジンスキー・ガラ>で「ヴェニスに死す」(エピソード)のタジオ役を踊る。また、10月~12月にはチューリッヒ・バレエの「ペール・ギュント」でタイトルロールを踊るなど、シュツットガルト以外でも活躍。日本公演の直前に行われるシュツットガルト・バレエ団韓国公演では『ロミオとジュリエット』(11/18)のロミオを演じる予定。

 *マリイン・ラドメーカーのホームページはこちら



マリイン・ラドメイカー(プリンシパル) インタビュー




木刀稽古ではからっきしなのに、真剣を使って勝負をしはじめたとたん、うってかわって目の輝きが変わるという、いわゆる本番に強い人種がいる。オランダ出身の美しき青年マリイン・ラドメイカーは間違いなくそんな人間のひとり。2年前に『椿姫』のアルマン役に初挑戦。全身全霊すべてを賭け命を燃やすような熱情的な舞に多くの客は心を打たれ、その本番直後に、芸術監督リード・アンダーソンは彼を飛び級でプリンシパルに任命。以後、マリインは世界中からオファーの絶えないカンパニーきっての成長株として人気を集めている。


―――2年前にプリンシパルに任命されて、環境はどのように変わりましたか。

プリンシパルになってから予想以上に様々な国のカンパニーに呼ばれたり、期待以上の大きな役を与えてもらえるようになりました。本当に喜ばしいことです。けれど実際のところ僕自身のやるべきことは、コール・ドのときともソリストのときともさほど変わっていません。ダンサーとしてどの階級に属していようと、作品への、振付家への、そして何より自分への責任があるわけですから。いつでも自分は自分のベストを尽くすだけ。僕はそのような気持ちで、今でもひとつひとつの舞台に臨んでいます。


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「眠れる森の美女」デジレ王子:マリイン・ラドメイカー

―――ひとつひとつの舞台にベストを尽くす。そのような覚悟でステージに臨むからこそ、あなたは人一倍本番で力を発揮するのでしょうか。

自分ではよくわかりません。けど確かに僕は本番で花開くタイプだと思います。ステージという特別な場に立つと、自分でも予想だにしなかったようなことをやりはじめるんです(笑)。たとえば『椿姫』のパ・ド・ドゥでアルマンがマルグリッドにキスをするシーン。あのキスの仕方ひとつとっても、本番ではより衝動的にしたくなることがあるんです。だから僕にとって本番は、リハーサルとはまったく別もの。何か異なる磁場がある。でも別にリハーサルも嫌いじゃないですよ。僕はまだまだ技術的におぼつかない面がたくさんあるので、なるべく真面目に稽古に励んで技術に磨きをかける必要がある。


―――日本で演じられるレンスキーとデジレ王子について教えてください。

レンスキーは、とてもロマンティックで美しい詩人。特に1幕の彼はただただ甘く楽しく恋に酔いしれていて、さほど複雑な演技をする必要がない。けれど2幕になると少し入り組んだオネーギンとのいざこざが起こりはじめ、彼は自分のプライドの高さゆえに死という取り返しのつかない事態を招いてしまう。オネーギンが決闘前に「こんなことやめないか」という提案を持ちかけてくるにも関わらず、レンスキーは決闘という紳士的約束事にプライドを持ちすぎているために、あとにひけなくなり殺されてしまうんです。悲劇ですよね。
デジレ王子に関しては、彼はとても孤独な人間だと思います。そしてその孤独のなかで「何か」を探し求めている。世界中のあらゆる人は、何かを探し求めて生きているわけですから。彼に内面的につながれる人は多いのではないでしょうか。とにかくバレエを心から愛してくれる日本のお客さんの前で踊れることを、今から本当に楽しみにしています。

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「オネーギン」レンスキー:マリイン・ラドメイカー

◇マリイン・ラドメイカーの出演予定日 
 11月24日(祝・月) 3:00p.m. 「眠れる森の美女」(デジレ王子)
 11月29日(土) 3:00p.m. 「オネーギン」(レンスキー)

フリーデマン・フォーゲル インタビュー

フリーデマン・フォーゲル(プリンシパル) インタビュー




初来日時は弱冠17歳。それから10年の月日が経ち、シュツットガルト・バレエ団のフリーデマン・フォーゲルは、堂々、世界指折りのダンスール・ノーブルとして名を成す身となった。その少女漫画の世界からそのまま抜け出てきたような線の細い美貌から、イノセントで純粋な王子役を振られることが多い彼だが。取材場所に現れた実際のフリーデマン青年は、意外なほど芯が強く魂がタフな成熟したアーティストであった。

―――今あなたはバレエ団で唯一のシュツットガルト生まれのダンサーだそうですね。

シュツットガルト生まれどころか、唯一のドイツ人ダンサーなんですよ。ドイツのカンパニーなのに面白いですよね。でもそれがこのカンパニーのいいところ。いろんな国籍の人間が集まっているから、いろんな視野が生まれる。そしてお互いに意見を交換して高めあうことができる。それにまた芸術監督のリード(アンダーソン)が、ダンサー個々に「自由」を与えてくれるのも、このカンパニーの素晴らしさのひとつ。彼は決してダンサーを束縛せず、外部のバレエ団に客演することを、むしろ推奨する。だから僕らはいつでも広い視野を持って、アーティストとして人間として、成長していくことができるんです。ここ10年で僕自身、本当に人間としてよりいっそう強くなることができたと実感しています。


―――あなたはロミオやレンスキーなど、脆く繊細な役を踊ることが多い。けれどプライベートでのあなた自身はどちらかというと「強い」人間なんですね。

そうですね、僕はまったく脆くない。だからどうしてそういう役を振られることが多いのか不思議。まあ外見的なことなんでしょうけど。実際の僕はどちらかというと、とても芯の強い......、図太いと言ってもいいような人間なんです(笑)。たとえば僕は他人が自分のことをどう思うか、どう評価するか、なんてまったく気にしない。だからこのあいだ中国国立バレエ団に客演したときに、ドイツのメルケル首相が、わざわざ僕の踊りを観に来てくれたんですけど。それで余計に緊張するなんてことはなかった。まあ、首相が僕の踊りを観てくれるなんて事件としては面白いですけど(笑)。僕はたとえ5人の一般客の前で踊ろうと、5000人のセレブな客の前で踊ろうと、自分自身で満足のいく踊りをするためにベストを尽くすだけ。


―――日本で踊られる役柄についても教えてください。まずは『オネーギン』のレンスキー。

冒頭でのレンスキーはとてもイノセントでピュアで、人生のすべてを愛している。だけどあるとき、大人になるには皆通らねばならない人生の辛さにぶつかる。「人に騙される」という人生の汚さに心を踏みにじられるんです。で、普通の人間ならそれに対処して、成熟した大人になっていくわけですけど。彼はあまりにもピュアだから、その汚さに絶えきれない......。だから僕の解釈では、レンスキーは決闘に赴くときには既に死を覚悟している。彼はもう完全に人生の汚さに絶望しているから。せめて自分だけはピュアなまま死のうと、あえて決闘などという無茶なことに臨むんです。


―――『眠れる森の美女』の王子役に関しては。

たいがいの『眠り』では王子役にはさほどドラマティックな見せ場がありません。2幕に出てきて、ちょろっと踊って、それでお姫様にキスして、結婚式(笑)。だけどこのバージョンでは、僕は姫を得るために、必死に、戦わなくちゃならない! むちゃくちゃ汗をかいて彼女のために頑張る。だから、僕はこの王子役を踊るのが大好き。とても人間的で、演じがいがある役柄だと思います。

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オーロラ姫:マリア・アイシュバルト、王子:フリーデマン・フォーゲル

アリシア・アマトリアン インタビュー

アリシア・アマトリアン(プリンシパル) インタビュー




太陽光を吸収して青空に咲くひまわりのように陽気に笑うアリシア・アマトリアン。そんな彼女が舞台上では、ときに純真無垢そのもののようなオーロラ姫となり、ときに自制心で心の傷を覆う成熟した女性タチヤーナに変貌する。若干21歳でシュツットガルト・バレエ団の最年少プリンシパルになってはや7年。目の前にいる朗らかな女性の心の内には、実は計り知れぬ埋蔵量の「人生経験」が潜むことがうかがえる。

―――今回の日本公演ではオーロラ姫とタチヤーナという正反対の2役を踊りますね。

ええ、ふたつともとても好きな役柄です。オーロラ姫は純粋な古典バレエの美しさを堪能することができるし、タチヤーナは彼女の女性としての成熟度に惹かれる。確かに私の年齢ではタチヤーナを十分に理解するのが難しい、と思われる人もいるかもしれないけれど。私は今までに、かなり深い恋愛経験に衝突してきたから(笑)。3幕でのタチヤーナの女性としての強さに心から理解することができる。同じ女性として大事なときに「ノーと言える」凛々しさに共鳴できるんです。どれほど目の前で愛する人が懇願していても、彼のことをいまだ狂おしいほど愛していたとしても、そこで「イエス」と言ってしまったら自分の人生がどう崩れるかを...、明晰な頭脳をもつタチヤーナは見通せる。だから彼女は3幕で決然と「ノー」と言う。そして、その強い意志を私は愛するのです。


―――あなたの踊りにはいつでも流れる小川のようなフローがあって美しい。感情もステップもいっさい止まることなく舞台上で自然に流れ続けている。

それは私が舞台上で絶対に心を停止状態にしないから。要は、舞台は人生と同じ。今日は最悪な一日かもしれないけど、明日はもう少しましな一日になるはず。そうやって私はつねに心や体が受け取る情報に身を任せるようにして舞台で生きるんです。だから「いつでもこう踊らなきゃ!」と変な型に固執することはない。私にとってダンスは、つねに流体であって固体ではないの。


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「眠れる森の美女」オーロラ姫:アリシア・アマトリアン、デジレ王子:フリーデマン・フォーゲル


―――今のあなたにとってシュツットガルト・バレエ団の舞台に立てることには、どんな喜びがあるのでしょう?

舞台にあがるまえは今でも「どうしよう、どうしよう、どうしよう」って舞台袖で震えあがってる(笑)。けれど、ひとたび舞台に立つと「はぁ〜、ふるさとに帰ってこられた」って心から安心できるんです。私にとってこのカンパニーのステージに立つというのはそういうこと。安堵と幸せと喜びに満ちていて、だからこそ私はこれを一度も「仕事だ」と思ったことがない。私は舞台上でつねにハッピーでいて、そのハッピーを人にも分け与えたいから踊りつづけているんです。だから日本のお客さんにもできるかぎり、私の舞台を観てハッピーな気持ちになって帰ってもらいたいですね。

ジェイソン・レイリー インタビュー

ジェイソン・レイリー(プリンシパル) インタビュー




08-09.03Blog2.jpg漆黒のマントをひるがえし、所狭しと舞台を駆けるカラボス。美しき猛虎のような怒声を宙に猛らせ、蒼白い炎のような嫉妬を静かに沸きたて、妖艶な魔女のような気位の高さを見せつける。そしてそんな5分ほどに及ぶ爆風を巻き起こす独壇場のあと、ぴたりと、舞台中央で台風の目が静止するーー、と、一瞬の静寂ののち、観客から津波のような大喝采が沸き起こる。その喝采の中央に立つのは、カラボス役のジェイソン・レイリー。彼の演技はいわゆる典型的な「バレエダンサー」から想像するものとはあまりにもかけ離れている。いったいその型破りな思考回路は、どんな人物から生まれてくるのか? 直接取材をして思ったのは、彼自身がとてつもなく自由でやんちゃで繊細な精神の持ち主だということだ。


―――7月にシュッツットガルトであなたの素晴らしいカラボスを観て背筋が震えました。

ありがとう、照れるね。あの役は......、観てて分かるだろうけど、あまりにも演じていて楽しい役柄だから、下手をすると舞台上で自分自身を見失ってしまう。そうならないように、何よりうまく自分をコントロールすることが大切。そもそも振付家のマリシア(ハイデ)は過剰演技することを嫌う。とてもナチュラルな演技を求める。だから僕は自分のパーソナルな感情の中から、カラボスとコネクトすることのできる何かを探し出して、それを演技に注入するようにしてる。とはいえ、僕は女じゃないし女装趣味もないからカラボスの感情を理解するのは大変なんだけどね。しかもあの衣装がすっごく重い。1時間半かけて化粧をして、つけ爪をつけて、長い髪がターンするたびに顔にべたーって張り付いて。楽しいことは楽しいんだけど、何もかもが大変な役でもある(笑)。


―――あなたは王子も青い鳥もレパートリーとして踊られるんですよね。意外です。

うん、自分でもつい最近まで王子になれるなんて思ってもいなかった(笑)。だって、ほら、こんなピアスをしてバギーパンツを履いてる王子なんてどこの国にいる? だけど02/03シーズンに代役ではじめて『白鳥の湖』の王子を演じてみたら、これが本当にクールで面白かった。ワオ、僕も白いタイツを履いてノーブルになれるんだって驚いた。それからは、ほとんどの王子役を演じている。芸術監督のリードはそうして、僕自身でさえ考えつかないような挑戦を与えてくれるから。シュツットガルトにはもう12年いるけど、絶対に飽きることがない。


―――東京で演じられるもう一方の役=オネーギンも、また全く異なる役柄ですね。演じようによっては、とても自己中心的な男性にも見えてしまいます。

そうなんだよ。とても傲慢で、とても...ろくでなしな野郎(笑)。だけど人間誰しも人に対してそういう態度をとってしまうことはある。だから僕は、繰り返しになるけど、この役に関しても自分のパーソナルな感情とつなげて演じるようにしてる。たとえば3幕では、僕が一時期狂ったようにある女性に恋をして、だけど上手くいかなかったときの経験、その心が粉々に破壊されたときの経験を思い出して、オネーギンに入れ込むようにしてる。でも本当にこれは数あるクランコ・バレエのなかでも最も難しい役柄のひとつ。あまりにも多層的で、ひとつ演技を間違えると観客にオネーギンの心の繊細な機微が届かなくなる。だからこの役にはいつも100%の集中を持って臨むようにしてる。だからオネーギンを演じたあとは、彼の魂が自分のなかから抜けきるのに丸一日かかることもあるぐらいだよ。

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「オネーギン」 オネーギン:ジェイソン・レイリー

ジェイソン・レイリーの出演予定日
11月23日(日) 1:00p.m. 「眠れる森の美女」(カラボス)
11月29日(土) 3:00p.m. 「オネーギン」(オネーギン)

リード・アンダーソン インタビュー

芸術監督 リード・アンダーソン インタビュー



シュツットガルト・バレエ団という名前にあまりなじみがない人はまず、このサイトに載っている彼らの舞台写真を眺めてみて欲しい。その写真からは、ダンサーひとりひとりが、このカンパニーで踊ることに誇りと喜びをもって臨んでいることがハッキリと読み取れるはず。会社経営が芳しい状況にあるかどうかを知りたければ、社員の顔つきを見ればいいと言われるのと同じように、このカンパニーが脂ののりきった状況にあることはこうしたダンサーの表情から明らか。地元の観客もそれが分かっているからこそ、年間の人気演目はほぼ完売。他の券売も8割を切ることはないという。このカンパニーのトップの座について今年で12年目となる、芸術監督のリード・アンダーソンもいまの状況に少なからず満足していると語る。


―――シュツットガルトのプリンシパルたち多国籍で個性的で、みな自分だけのユニークな才能をのびのびと開花させている。それはあなたの指針ですか?

おっしゃるとおり、いま現在カンパニーには約30ほどの国籍のダンサーが集まっています。だから我々はダンス界の国連ですね(笑)。でも彼らはある日突然、世界のどこかからやってきて、オーディションを受けるわけではない。そうではなく多くの団員はカンパニー付属のスクールからそのまま成長して入団してくる。つまり私はほとんどのダンサーをティーネージャーの頃から知っているわけです。すると子育てと同じ要領で、この男の子はここが優れている、この女の子はここが優れているということが、時とともに次第に分かってくる。そうしたときに決してAの才能を持つ子をBに変えようとしたり、Bの長所を持つ子にAを押しつけたりしてはいけません。私の思想は一人一人のダンサーを、まったく別の特別な個人として尊重して育てること。これは私の恩師でありカンパニーの創設者であるジョン・クランコから受け継いだ理念でもあります。


―――そのクランコによる代表作のひとつである『オネーギン』を今回は東京で上演されます。

少しひいき目が入っているかもしれませんが、私はこの作品はバレエ史上最も美しい全幕物だと思っている。私自身、かつてダンサー時代にオネーギン役を踊りましたが、オネーギンと相手役のタチアナが踊る最後のパ・ド・ドゥは、この世でダンサーが味わうことのできる最も素晴らしい体験のひとつ。あの感情は......、いまでも思い出すだけで体の芯が震えます。本当に国籍も人種も宗教も政治も越えて、誰もが心から感動することができる壮絶な愛の物語です。

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―――もうひとつ東京で上演されるのは、非常に斬新な演出で人気の『眠れる森の美女』。

私自身このマリシア・ハイデ演出版のプロダクションが大好きです。まず幕が開いたときに目を奪われるのが、美術家ユルゲン・ローズによるセットの美しさ。プロローグでは春、一幕では夏、二幕では秋、三幕では冬、と背景が次々に変わっていき、その木々や花々の変化とともに私たちも時間の流れを体感することができる。それに何よりこの『眠り』の演出で素晴らしいのは、カラボスの描き方。普通のカンパニーではプリンシパルの男たちは皆、王子役を演じたがるのですが、ここではみんなカラボスをやりがたるぐらいです(笑)。とにかく『オネーギン』にしろ『眠り』にしろ、一日として同じ演目を同じプリンシパルが踊ることがありませんので、ぜひ素晴らしく個性的なダンサーたちの魅力を、存分に楽しんで頂ければと思います。

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