インタビュー: 2013年12月アーカイブ

 照明デザイナー・高沢立生、音響デザイナー・市川文武、技術監督・立川好治による『ザ・カブキ』座談会。後半の話題からは、リハーサルの現場で次々と新しいアイディアを出し、実現させていくベジャールの才気、そのエネルギッシュな姿が浮かび上がってきます。


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立川 (本番直前、)劇場に入って初めて出てきたアイディアもありました。最後の「涅槃」のところは、ダンサーたちが一旦引っ込んで着替えますが、ベジャールさんにはその間がどうしても我慢ならない。そこで、繋ぎとして塩冶の亡霊を出し、師直の首を持ってくることになった。やってみると実に音楽的にはまるし、意味的にもはまる。驚くべき仕事だったと思います。

高沢 そういったことがたくさんあったね。例えば幕開きの現代の場面。

立川 当初は普通の現代の若者ふうにジーパンをはいたり、バラバラの衣裳でした。

高沢 それが、舞台稽古の段階で白の衣裳に統一することに。あの場面は、舞台の"額縁"を「テレビで埋めてほしい」とも言われていました。それは実現せず、今の形になりましたけど、ベジャールさんには、秋葉原の、テレビがたくさん並んだ風景が現代の日本の粋のように感じられたのではないかな。照明は、「もっと白く、白く」と言われた。白は、ベジャールさんにはとても現代的に思える色なのかもしれない。プロローグは白、義太夫の部分は(影を作らずに全体をまんべんなく照らす)"歌舞伎明かり"、そこからどんどんドラマティックになると、あるいはバレエの明かりになり、というのが基本で、あとはほとんど任せてくださいました。

市川 本当は、「山科閑居」(歌舞伎では九段目)も入るはずだったんです。振付の途中でベジャールさんは、「やっぱりこうしたい」とやめてしまい、かわりに外伝の「南部坂雪の別れ」が入った。「山崎街道」も本当は義太夫とオーケストラでいく予定でしたが、「ここは下座音楽でいきたい」と。で、「山崎街道」のための音楽が余っちゃったから、急遽それを討ち入りの場面のヴァリエーションに使ったんです。でも、全然不自然ではないでしょう?


 初演から27年、今回で通算上演回数185回を達成する『ザ・カブキ』。この作品を踊り継いでいく柄本、森川ら新世代の由良之助ダンサーに、期待が寄せられる。



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市川 これはもう、東京バレエ団最高の古典作品と言ってもいいんじゃないでしょうか。約30年間、全然古びることなく、「今出来上がったばかり」のような新鮮さで観ることができる。忠臣蔵という話に目をつけたベジャールさんは凄いですね。

森川 しっかり受け継いでいかなければと思います。

柄本 もっともっと学ぶ必要があると再確認させていただきました。自分なりに研究を重ねながら、次の由良之助に取り組んでいきたいですね。

森川 この作品への愛に満ち溢れておられる皆さんの期待は、決して裏切りたくないと思います。


取材・文:加藤智子(フリーライター)

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※座談会の模様は、「ザ・カブキ」公演プログラムでさらに詳しくお届けします。


写真:長谷川清徳(舞台)、吉澤隆(初演時リハーサル)

 東京バレエ団創立50周年記念シリーズ第1弾、モーリス・ベジャール振付『ザ・カブキ』公演を目前に控え、照明デザイナー・高沢立生、音響デザイナー・市川文武、技術監督・立川好治による座談会が実現しました。3人とも、1986年4月の『ザ・カブキ』世界初演に携わり、その後も国内外の数多くの公演に立ちあってきたベテラン・スタッフです。当日は、5代目由良之助ダンサーの柄本弾、今回が由良之助デビューとなる森川茉央も同席。当時のベジャールの貴重なエピソードが次々と飛び出したこの座談会の模様を、2回にわたってダイジェストでご紹介します。


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高沢 1984年の東京バレエ団創立20周年。そこで上演する作品をベジャールさんにお願いしていたのでしたね。

市川 83年の秋に、やっとOKを出したベジャールさんが、「『仮名手本忠臣蔵』をやりたい、作曲は黛敏郎に頼みたい」と言われた。ベジャールさんは三島由紀夫が好きで、三島原作の黛さんのオペラ『金閣寺』を聴いていたのです。(東京バレエ団代表の)佐々木(忠次)さんは喜んですぐ黛さんに電話をかけてきた。ちょうどその時、僕は黛さんとスタジオで中島貞夫監督の「序の舞」という映画の音楽を録音している最中でした。黛さんに聞いたら、「ベジャールのバレエの作曲をしてほしい」という電話だったという。「"忠臣蔵"をバレエにするんだってさ」と。ええっ? 歌舞伎ならほかにもあるのに、よりによって男ばっかりの「忠臣蔵」かと(笑)。それが発端でした。

 ベジャールから「全体の構成は任せる。好きなように書いてくれ」と任せられた黛敏郎。全十一段という長大な浄瑠璃台本を、原稿用紙一枚にも満たない程に短く抜粋し、物語をまとめあげたという。録音が開始されたのは、初演の前年、85年の秋。

市川 まずは義太夫を録音、その後オーケストラを録音しました。オケの録音にはベジャールさんも立ちあわれました。それをトラックダウンしてベジャールさんにお渡ししたのが12月の暮れ。

高沢 で、1月にリハーサルして、その後一度帰国されて、3月にまた来日された。ベジャールさんの振付はすごく速かったね。湯水のように出てくるし、変えるとなったらすぐ変えちゃう。衣裳もヌーノ・コルテ=レアルのデザイン画がありましたが、使ったり使わなかったりで、どんどん変えちゃう。

立川 稽古場で「こういうものが必要」と言われるのだけれど、それをどう使うのか、我々にはわからない(笑)。例えば、「ジャパニーズ・アルファベットを書いた幕が要る」、「振り被せて振り落とす薄い幕が要る。それには血を描け」という。が、それをどこでどんなふうにお使いになるのか、稽古場ではわからないんですよ。それでデザインを持っていくと、「こうではない」。いろはの幕の文字の書体、太さ、配置には凄く細かいダメ出しをされました。いろは四十七文字は、普通七文字刻みにし、一番下を「とがなくてしす(咎なくて死す)」と読ませますが、ここでは6文字刻みに組んでいる。すると、最後に一文字分の空白ができる。ベジャールさんは、わざとこうしたんだと思うのです。最後に空白を作って、「お前たちはあそこに何を書くのか」と言いたいのではないかと。

取材・文:加藤智子(フリーライター)

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※座談会の模様は、「ザ・カブキ」公演プログラムでさらに詳しくお届けします。

舞台写真:長谷川清徳

13-12.03_05.jpg 振付家モーリス・ベジャールとは30年以上の交流があり、一緒にデュエット作『コーデリアの死』(〈パ・ド・ドゥの芸術〉)も踊った、歌舞伎俳優の坂東玉三郎さん。ベジャールが東京バレエ団に振付けた『ザ・カブキ』も、初演から観ていて、一昨年の花柳壽輔さんの会でも一部だけだが改めて観て、「きれいでしたね」という感想を口にしていた。そんな玉三郎さんに、12月14日の『ザ・カブキ』で由良之助を踊る柄本弾が話を聞くという、夢のような顔合わせが実現した。

 玉三郎さんが鼓童と共に『アマテラス』を上演中の京都まで出向く新幹線の中でも、緊張した面持ちだった柄本。だが、玉三郎さんの細やかな心遣いに安心し、持ち前の舞台度胸もあってか、堂々と自分の聞きたいことを質問する姿が印象的だった。

 例えばベジャールという人物について。「自分は生前のベジャールさんとお会いしたことがないのですが、玉三郎さんからご覧になって、ベジャールさんという方はどんな方でしたか?」との質問に対しては、「いろいろな意味で"濃い"方でしたね」という深い言葉が玉三郎さんの答。「もちろん情も濃かったけれども、私が初めてベジャールさんにお会いした1977、78年頃はまるでブルドーザーのように自分の求めるものをグワッと掘り起こしていくイメージだったのが、年齢と共に次第にベジャール・バレエ団の団員たちが"お父さんのようだ"と言うような、優しくその人のいいところを引き出して作品をより濃いものにしていった。そんなベジャールさんと親しくさせていただいたのは、私の宝物です」。


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 『ザ・カブキ』の創作でベジャールが悩んでいた時、奇しくも歌舞伎座で、原作である「『仮名手本忠臣蔵』のおかるを演じていた」という玉三郎さんに、柄本が尋ねたのは「僕は討ち入りのシーンがやっぱり一番好きで、他の作品では味わえない達成感、高揚感みたいなものを感じるのですが、玉三郎さんが『忠臣蔵』でお好きなシーン、見どころはどこですか?」なる質問。これに対しての玉三郎さんの答は、長年『忠臣蔵』という作品に深く関わってきた方ならではのものだった。「『忠臣蔵』は、物語の発端があって、松の廊下、切腹とストーリーが進んでいきますが、あとは周りの人間の話、言わば外伝、外伝なんですね。それがある瞬間、フッと『忠臣蔵』のドラマに戻っていく。そこがやはり素敵だなと思います」。

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 この後、『ザ・カブキ』でも採り入れられている"手鏡を使って手紙を盗み見する"場面に代表されるような、「そんなこと、あるわけないでしょう(笑)」話で盛り上がり。「でも、『白鳥の湖』にしても『ジゼル』や『眠れる森の美女』にしても、理屈ではあり得ない話を成立させる力がある。そこが人々の心をとらえるのでしょうね」とは、バレエにも造詣が深い玉三郎さんならではの言葉。「18、19歳の頃に見たレニングラード・バレエに感銘を受け、同じ舞台に立つ者としての身体作りをしたい」と、以来毎日欠かさずストレッチをしているエピソードを教えてくれるなど、柄本にとっても忘れられない時間になったようだ。


取材・文:佐藤友紀(フリーライター)


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※坂東玉三郎さんと柄本弾の対談は、「ザ・カブキ」公演プログラムでさらに詳しくお届けします。


撮影:岡本隆史 舞台写真:長谷川清徳



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