2016年10月アーカイブ

最後に信じられないセンセーションが起こるダンス
踊りながら、疲れてくるのを待ち望んでしまうの。


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  バレエ・ファンには嬉しいことに、パリ・オペラ座バレエ団の芸術監督に就任後もオレリーは踊りを続けている。オペラ座のダンサーたちに曖昧さや疑問を生じさせぬよう、例外はあるものの、基本的に海外で踊ることにしていると語る彼女。来年2月の行き先は東京だ。パリ・オペラ座の劇場では踊らずじまいとなったモーリス・ベジャールの『ボレロ』を、東京バレエ団とともに踊る。

 この作品を彼女が初めて踊ったのは、引退年から遠くない2012年。オペラ座のツアー先、ニューヨークのリンカン・センターだった。

「ビデオでは見たことがあったけれど、実際に初めて『ボレロ』が舞台で踊られるのを見たのは、シルヴィ・ギエムがオペラ座のガラに招待された時でした。私はまだ若かったけれど、自分もこれを踊りたい! という強い思いが生まれ、その時から、踊っていいという許可が出るまで、じっと待っていたんですよ。それだけに、これ以上ないというほど舞台を満喫することができました。経験、成熟が要求される作品なので、若いダンサーが踊るのは良いこととは思えません。この時の私は、『ボレロ』に取り組むのに相応しい年齢になっていました。人生って、よくできていますね」

 初舞台の前、ローザンヌでモーリス・ベジャール・バレエ団のジル・ロマンと稽古をした。彼からは正確さ、そして音楽性を強く求められたそうだ。 

「ラヴェルの曲にのせて踊るのは、素晴らしいことです。これは肉体的にとても疲れるダンス。でも、最後には信じられないほどのセンセーションが得られることがわかっているので、踊りながら疲労に至るのを待ってしまうんですよ。踊っていて、あるところまで来るとトランス状態に陥って、もう何も思い出せないという疲労の極みに至ります。このセンセーションは経験しない限り、その存在すら想像できないというもの。それゆえに『ボレロ』を一度踊ると、それを知る前のときのようには踊らなくなります」

 音楽と振付が同等の力強さで互いに影響を与え合う、この 両者のパーフェクトなミックスにオレリーは神聖さを感じるそうだ。この作品は自分にとって素晴らしい贈り物。踊らずじまいでダンサーのキャリアを終えていたら、大切なことを逃したことになっていたと彼女は手放しで『ボレロ』を賛賞する。 

 あのセンセーションを再び感じたいと待ち焦がれているだけに、来年東京で再び『ボレロ』を踊る機会を得られたことが心から嬉しい。

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「以前踊った時から年齢を重ねたので、自分の体がどう反応するのだろうかというのも興味深いですね。この作品はとてもパーソナルなものなんです。なぜかというと、ある箇所に至ると、もう疲れ切ってしまっていて嘘をつけなくなり、まるで裸のような状態になるの...。それで踊るダンサーによって、まったく違う『ボレロ』になるのですね。それって、とても面白いことです。これは肉体的にとてもきつい作品なので、準備が必要。 1週間でやろうと思ったら、怪我をする可能性が50%あります。だから公演前に1か月半かけて、毎日少しずつ稽古をして行こうと思っています」

 コスチュームはとてもシンプル。ニューヨークで踊った時は長髪をポニーテールに結っていたが、今度の舞台ではショートヘアで踊る。その研ぎ澄まされた姿は、彼女のダンスにより力強さをプラスするのではないだろうか。乞うご期待だ。
 
 


インタビュー・文/濱田琴子(ジャーナリスト、在パリ)



photo: Sophie Delaporte(portrait), AFP=時事(stage)




 
 
 






『ラ・シルフィード』『アザー・ダンス』でようやく日本の観客の方々と対面できます!

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 3年前の来日ツアーで『ドン・キホーテ』のキトリを踊るはずだったリュドミラ。パリ・オペラ座の『オネーギン』のリハーサル中に怪我をし、来日が叶わなかった。その前にツアーに参加したのはかなり前で、まだコール・ド・バレエ時代だった。それゆえ日本のバレエ・ファンには馴染みの薄いエトワールかもしれないが、オペラ座の新シーズン開幕公演ではフォーサイスの『ブレイク・ワークス1』、そしてクリスタル・パイトの創作『シーズンズ・カノン』の2作品を踊り、大活躍を見せた。

「私はパイトの仕事がとても好きで、10年くらい前から 機会があれば公演を観に行くようにしていて...そう、彼女の追っかけなの(笑)。個人的に話をしたことはなかったけれど、今回の創作を通じて、彼女の人間的そして芸術的素晴らしさに触れることができました。グループのエネルギーが鍵を握るこの作品、彼女は54名ものダンサーを見事にまとめあげたんです。とてもフェミニンでソフトな女性だけど、仕事となると男性的なエネルギーに満ち溢れて...」

 現存のコレグラファーたちとの仕事を楽しむリュドミラだが、クラシック作品においても優れたダンサーである。芸術監督のオレリー・デュポンも彼女の的確なダンス、脚の仕事の見事さを評価。フランス派の教育を受けていないのに、とてもフランス的に踊る! と『ラ・シルフィード』にリュドミラを配役した。

「今回はジョジュア・オファルトと踊りますが、3年前のオペラ座の公演ではフロリアン・マニョネとヴァンサン・シャイエがパートナーでした。この作品ではつねに体を前傾させておく必要があるし、ラコットさんの振付を踊るのは難しいのでとても大変。非現実的な存在なのだから、動きの中に軽さを感じさせるように踊る必要もありますね。でも、陽気ないたずらっ子のようなシルフィードを演じるというのは、とても楽しいことでした。その人物像についてはギレーヌ・テスマーとたくさんの仕事をしました。彼女が踊ったDVDは、もちろん見ています。ポジションや首の美しさなど、まるでロマンティク時代の版画から抜け出してきたかのようで素晴らしい!」
  『パキータ』、『セレブレーション』も踊っている彼女は、ラコット作品のいわば常連。ダンサーに愛情を注ぎ、情熱いっぱいにリハーサルに臨む彼と、ツアーに向けて再び仕事を共にできるのが楽しみだそうだ。

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 来日ツアーでは、マチアス・エイマンと『アザー・ダンス』も踊る。今春にオペラ座で踊ったのが初めてで、その後地方公演でも彼と舞台を共にした。
「その時にすでに感じられたのだけど、この作品は"二人の物語"なんですね。特にストーリーがあるわけではないけれど、音楽にインスパイアーされたダンスを踊るのは、とても楽しいですよ。また踊れるかと思うと、とても待ち遠しい。これはダンス・スタジオでピアノが奏でる音楽にのせて、二人でデモンストレーションをしている、という感じの作品。 だから、とてもナチュラルに踊る必要があります。その点、マチアスは気の合うパートナーなので...。オペラ座ではあまり一緒に踊る機会がないけれど、外部のガラでは組むことが多いですね」

 11月半ばには故郷アルゼンチンで、ナタリア・マカロワの『ラ・バヤデール』を古巣のコロン劇場のダンサーたちと踊る。その後はオペラ・バスチーユで『白鳥の湖』、そして来日ツアーだ。エトワールに就任以来、今回が初来日となるリュドミラ。2作品でソリストとして舞台にたつことによって、ようやく日本の観客と対面できる! と目を輝かせる。
 
 
インタビュー・文/濱田琴子(ジャーナリスト、在パリ)


Photo:James Bort/OnP(portrait), Anne Deniau/OnP(stage)



   2016年4月30日、佐々木忠次さんは亡くなった。明け方、蝋燭の火がすーっと消えるように、息をひきとった。華やかな人生を生きた人だったが、誰にも気づかれず、ひっそり、ひとり旅立った。正直、佐々木さんらしいなと感じた。
 佐々木さんを想う時、二つの言葉が真っ先に浮かぶ。華やかさと孤独、である。対照的なこの二つが、この人の人生にはずっと寄り添い、貼りついていたように思われる。
 
 佐々木さんは「インプレサリオ」であることに強い矜恃をもっていた。日本では馴染みのない言葉だが、欧米では、すぐれたプロデューサーでもある興行師に与えられた言葉である。孤高の指揮者カルロス・クライバーをいち早く招き、不可能といわれたミラノ・スカラ座の壮大な引っ越し公演を16年間の交渉の末、実現させた。以降、日本の劇場を歓喜と陶酔で満たす豊饒な祝祭空間へと変え続けた。
 他方で、東京バレエ団をたちあげ、天才振付師モーリス・ベジャールにバレエ作品「ザ・カブキ」をつくらせ、1986年にはパリ・オペラ座はじめヨーロッパの五大オペラ劇場に乗り込んだ。創立22年目の極東のバレエ団が、だ。すべてが佐々木さんの夢であり、その夢を粘り強く実現させた。佐々木さんは、正真正銘、執念の人だった。そしてその夢に、多くのダンサーやスタッフを巻き込み、彼らに思いがけない夢の地平を見させた人でもあった。
 この本は、そんな佐々木さんの、走り続けた、闘い続けた人生をご本人と50人近い人々の証言を基に描いたものである。バレエとオペラの話ではない。バレエとオペラに身を捧げ、世界と闘った日本人の話である。経済も文化もまだ二流と見られていた極東の国からの挑戦は、当初、嘲笑と奇異な視線に晒され、日本の外交官も冷たかった。しかし世界が次第に佐々木さんを認めていき、日本人たちの活躍を賞賛していったことが思いのほか誇らしく嬉しく、その闘いをもっともっと知ってもらいたいと思ったものである。
 結局、佐々木さんは海外での高い評価に比べ、日本ではその業績はさして広く知られることはなかった。それは佐々木さん自身のシャイで、孤立していきがちな性格も起因していたかもしれない。
 
 疾走するように生きた佐々木さんは最晩年、一日ベッドに臥し、もう喋ることもできず、刻(とき)が止まったような時空間をたゆたうように過ごしていた。人生とは、残酷な帳尻あわせをするものだなと、私は思ったものだが、そんななかで、佐々木さんは自分の闘いの足跡を書き残したいという強い思いに駆られたのだと思う。その思いが私のところにやって来たのだと思っている。
 私が佐々木さんに初めて会ったのは2000年。3ヵ月ほど取材に通い、雑誌「AERA」の人物企画「現代の肖像」の記事を書いた。その記事を非常に喜び、人に配っていたことなど、今回の取材過程で初めて知った。
 陽気で人並はずれて気配りの人の一方で、佐々木さんは自分の本音をほとんど漏らさない人だった。誰にも相談しない人だった。思いを時に吐露したのは、彼の黒い手帳にだけだったのではなかろうか。30余年にわたるこの黒手帳を見せてもらえたことが、今回の取材でとても大きな力となった。毎日、癖の強い文字と睨み合い、あれこれわからないことを質しているうちに、佐々木さんと対話しているような気がしたものだった。
 それにしても、佐々木さんのまわりには、次から次へとドラマが起きた。ベジャールはじめ魅力的な人物も数多く登場した。佐々木さんの人生に退屈はなかった。
 そんな作業の日々、時折、夕暮れ時などに、ふと空を見上げて、思わず呟いてしまったものである。スゴイね、スゴイよ、佐々木さんは......。
 この本が、少しでもそんな佐々木さんの闘いの一端を伝えられることを願うばかりである。


                                            追分日出子(ノンフィクション・ライター)                                                                                     【文藝春秋 本の話WEB「自著を語る」より転載】




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『孤独な祝祭 佐々木忠次―バレエとオペラで世界と闘った日本人―』(追分日出子著)  定価(本体1.800円+税)



*「白鳥の湖」で犬が吠える―バレエ黎明期
*日本人ならではの統一美で弱点を克服せよ
*十六年、執念の交渉の末、実現した奇跡の舞台
*孤高の指揮者、カルロス・クライバーを日本に!
*日本大使館や役人の文化への無理解と孤独な闘い
*王族、大統領も続々観劇― 七百回超の海外公演
*ベジャール、ドン、三島......素顔のスターたち
*エンジンなしで飛行機を飛ばし続けた男


著者:追分日出子

文筆業・編集者。慶應義塾大学文学部卒業。『昭和史全記』などの編集取材、『AERA』「現代の肖像」などで活躍。
第2弾は息をのむ卓越したテクニックの持ち主、マチアス・エイマン。ダンサー人生の節目にピエール・ラコット作品があったというマチアスの『ラ・シルフィード』や、伝説のスター、バリシニコフと結びついた『テーマとヴァリエーション』『アザー・ダンス』は見逃せません。


ジェイムズを踊るのは喜び。物語を語る面白さもある。

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 パリ・オペラ座内、マチアスとのインタビューの場にフランスの雑誌が置いてあった。その表紙には、「オレリー・デュポン 大胆と優雅」とうたってある。「これは、とても良い見出しです。彼女は進行中のディレクションを途中で引き継ぐような形で、芸術監督のポストにつきました。これって簡単な役ではないですよね。とりわけ経験のない彼女には。でも、今のところカンパニーを上手く導いているし、彼女の美しさは例外的なもの。とても的確な表現といっていいですね」
         
 その"大胆で優雅"なオレリーからは"世界のベストダンサーの1人""素晴らしいテクニックの持ち主"と評価されているマチアス。久々に『ラ・シルフィード』を踊れること、とりわけピエール・ラコットと仕事できることを喜んでいる。

「彼はぼくのことをいつも保護者的視線で見守ってくれています。僕がプルミエ・ダンスールに上がったのは、彼の『パキータ』のおかげ、そして長期間休んでいた後の復帰作品がこの『ラ・シルフィード』でした。ダンサーのキャリアにおいて、彼がつねに僕に寄り添っていてくれるという感じがありますね。この作品では現存の振付家と直接リハーサルできることも、うれしいこと。ピエールが彼の意図を語りながら、僕たちダンサーを導いてくれるんです。これは特権です!

 そして、今回こそミリアムと踊れることを心から望んでいます。彼女と僕が組むのは、まずプロポーション的に見た目が揃っていることが基本的な理由なのだけど、彼女の穏やかさが、僕が少々神経質になってしまうところを和らげるので、とても良いバランスが作られるということもあります。そして彼女に自信が必要なときには、僕がそれを彼女にもたらす・・・オレリーが僕たち二人は美しいカップルをなす、と言っているのはこういうことだと思います」
 
 『ラ・シルフィード』は登場シーンも多く、ヴァリアションも多く、彼にとっては簡単な作品ではない。ラコットの振付けたピュアなロマンティック・バレエゆえ、ソーやプティット・バッテリーが盛りだくさん。しかし技術的な面を一旦克服すると、踊るのが喜びとなり、物語を語る面白さがあるという。前回踊ったときより、人間的にも成長しているので主人公ジェイムズ役の解釈も少し違ったものになるだろうと、まだ少し先のことだがリハーサルが待ち遠しそうだ。

 
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 グラン・ガラでは『テーマとヴァリアション』でもミリアムがパートナーである。これは嬉しいことなのだが・・・「これを踊ったバリシニコフの幻惑的なイメージがあまりにも強すぎて、実は作品に入りにくいんです。聖域に踏み込むような気がするせいかもしれませんね。音楽は僕が一番好きな作曲家のチャイコフスキー。最後の部分で音楽を歌うような振付を踊るときに得られるセンセーション、これはめったに得られるものではないんですよ! 」と。バレエファンとしては、この瞬間を見逃すわけにはいかないだろう。

 彼が踊るもう1つの作品は、今年彼のレパートリーに加わった『アザー・ダンス』だ。仕事以外でも、人間的に快適な関係で結ばれているというリュドミラ・パリエロがパートナー。エネルギーのレヴェルも仕事への接し方もそっくりな彼女と組むと、自分自身と踊っているような感じがすると語るマチアス。「リュドミラだけでなく、ショパンを奏でるピアニストと、僕たち3名の密接な関係が大切な作品です。踊る回数が増すほど、相手のことをより知ることができて、喜びや心の高揚が得られるんですよ」
 
 
インタビュー・文/濱田琴子(ジャーナリスト、在パリ)


Photo:James Bort/OnP(portrait), Anne Deniau/OnP(stage)





 



 オペラに配役の変更はつきものだが、今回のウィーン国立歌劇場「ナクソス島のアリアドネ」で、テノール/バッカス役をステファン・グールドが歌うことになったと聞いたときは驚いた。ヨハン・ボータの急逝に伴っての代役だが、もともとこの演出が2012年にウィーンで上演された際のキャストがグールドなのだから、これ以上の適役はない。よくもそう都合よくグールドのスケジュールを調整できたものだ......あれれ? グールドって、10月の新国立劇場で「ワルキューレ」に出演しているのではないの! 初台で10月18日までジークムント役を歌ったグールドが、10月25日からウィーン国立歌劇場来日公演でテノール/バッカス役を歌うことになる。
 なんだか少し奇妙な気分になる。というのも、「ナクソス島のアリアドネ」は劇中劇の趣向が施されたオペラについてのオペラ、いわばメタオペラ。前半の「プロローグ」に登場する「テノール歌手」という役が、後半の「オペラ」のなかで「バッカス」を歌うわけだ。この劇中の「テノール歌手」が、つい先日ジークムント役を同じ東京で歌っていたという現実と地続きになっている。リヒャルト・シュトラウスが巧妙に作り上げたフィクションの世界に、現実の側がワーグナー経由で切れ目なくつながってしまったかのような感覚がある。


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 で、そのグールドは「ワルキューレ」で圧倒的な存在感を見せつけた。世界有数のヘルデン・テノールにふさわしい力強い歌唱は余裕を感じさせるほど。しかも強靭なだけではなく、抒情的な表現もすばらしい。シュトラウスのひねりの利いた趣向を生かすためには、テノール歌手/バッカス役にはいかにもヘルデン・テノールらしいテノールであってほしいもの。グールドはまさにうってつけといっていいだろう。大詰めでのバッカスの歌唱は大きな聴きどころだ。
 ところで「ナクソス島のアリアドネ」って、最後の終わり方が不思議だと思いませんか。劇中劇の「オペラ」から、外側の劇に戻ってくるのかと思いきや、戻ってこない。バッカスが格調高くアリアドネへの愛を歌って、幕を閉じる。あれほどの美しい歌の後には、なにを続けても野暮ってことなんでしょうか。
                                       飯尾 洋一(音楽ジャーナリスト)

 パリ・オペラ座バレエ団2016年日本公演のNBS WEBチケット先行発売(座席選択)は、本日、10月19日(水)18時までを予定しておりましたが、大好評につき2359分まで延長いたします。お仕事の後にゆっくりお申込みいただけます。1029日(土)の一斉発売前のこの機会に、ぜひお買い求めください。
パリ在住のジャーナリスト、濱田琴子さんによる現地取材シリーズ。芸術監督オレリー・デュポンのインタビュー[2]は、来春上演される『ラ・シルフィード』と〈グラン・ガラ〉の作品についてです。

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「ラ・シルフィード」はフランス的で、とても音楽的な作品。

 『ラ・シルフィード』は言うまでもなく、ロマンティック・バレエの大傑作。この作品を復元した振付家ピエール・ラコットがこのようにフランス的な作品をオペラ座に与えてくれたことに、オレリー・デュポンはおおいに感謝をしている。これは彼女自身も何度も踊り、代表作の1つであるが、日本での公演を前にこんなエピソードを披露してくれた。
 
 「ジゼルなどと違って、ロマンティク・バレエだけど、これは珍しく悲しくない作品。快活で子どものようでいたずらっ子なラ・シルフィードを踊るのは、とても楽しかったわ。最初に踊ったのはエトワールに任命されたての若い時。DVDの撮影も予定されていた舞台を私が踊るようにとピエール(・ラコット)が希望し、たった3週間で振付を覚えました。

 
  ところが舞台で録画が行われている最中に、第2幕のソロのところで何も思い出せなくなってしまったのよ。胸の前で腕をクロスして、足踏みして、視線をあちこちに動かして...あるところで、音楽を聴けば思い出せるかも?! と耳を傾け、それで最後のところだけ踊れました。すごく怒られるだろうなって思っていたところ、ピエールはそれを録画車の中で見ながら涙を流すほどに大笑いしていたとか。3度の録画あったのが幸いでした。ヌレエフ作品は時にステップと音楽が合わないことがあるけれど、ピエールの振付はとても音楽的なんですよ。いつも音楽がステップを思い出させてくれるんです」。


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 日本では3名のエトワールが踊る。お人形のようで、この役を踊るすべてのクオリティを備えているミリアム(ウルド=ブラーム)。優美で自然な美しさの持ち主のアマンディーヌ(・アルビッソン)。つま先と脚の仕事が素晴らしく、とてもフランス的な踊りを見せるリュドミラ(・パリエロ)。このように評価する3名を彼女はラ・シルフィードに配役した。前述した自身のエピソードは、彼女たちには内緒に違いない。

 なお、ミリアムはこの作品だけでなく、『テーマとヴァリエーション』もマチアス(・エイマン)と一緒に踊ることになっている。パートナーが頻繁に変わることが現役時代、とても嫌だったという彼女。リハーサル・プログラムの組みやすさといった現実的メリットも得られるが、何よりも彼女は組み合わせというものを信じているそうだ。


「ダフニスとクロエ」をエルヴェという最高のパートナーと踊ります。

 〈グラン・ガラ〉で踊られる『アザー・ダンス』。〈世界バレエフェスティバル〉で、彼女とジョジュア・オファルトが見せた素晴らしい舞台を覚えている人も多いだろう。この作品を踊るダンサーには何が必要なのだろう。
「まず音楽性です。それから舞台上で技術的な難しさを感じさせないこと。ユーモア、新鮮さが失われぬように、考えすぎたりリハーサルスタジオの稽古を観客が想像してしまうことのないように、まるで即興であるかのように踊られる必要がある振付なんです」。これが経験者であり、今回の配役を決めたオレリーの答えだった。

 さて、この〈グラン・ガラ〉での日本のバレエファンの特権は、何と言っても『ダフニスとクロエ』を初演ダンサーである彼女とエルヴェ・モローという黄金のカップルで見られることだろう。
「体に快適なミルピエ作品をラヴェルの美しい音楽に乗せて、エルヴェという最高のパートナーと踊る喜び。それに、創作の時のとても良い雰囲気も覚えているわ。この作品はダニエル・ビュランによる舞台装置が、とっても個性的。驚くべきものだけど、これは成功しています。彼のような芸術家がバレエ作品の創作に参加するのはとても好ましいことですね」

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インタビュー・文/濱田琴子(ジャーナリスト、在パリ)



photo:Ann Ray/OnP(La Sylphide), Elena Bauer/OnP(Daphnis et Chloe)





佐々木忠次追悼公演
モーリス・ベジャール振付
「ザ・カブキ」(全2幕)


◆主な配役◆

由良之助:柄本弾
直義:森川茉央
塩冶判官:岸本秀雄
顔世御前:奈良春夏
力弥:井福俊太郎
高師直:木村和夫
伴内:岡崎隼也
勘平:松野乃知
おかる:吉川留衣
現代の勘平:和田康佑
現代のおかる:岸本夏未
石堂:宮崎大樹
薬師寺:永田雄大
定九郎:杉山優一
遊女:三雲友里加
与市兵衛:山田眞央
おかや:伝田陽美
お才:矢島まい
ヴァリエーション1:杉山優一
ヴァリエーション2:入戸野伊織


◆上演時間◆

《第1幕》  14:00 - 15:15                 

《休憩》    20分 

《第2幕》  15:35 - 16:20


佐々木忠次追悼公演
モーリス・ベジャール振付
「ザ・カブキ」(全2幕)


◆主な配役◆

由良之助:秋元康臣
直義:永田雄大
塩冶判官:松野乃知
顔世御前:渡辺理恵
力弥:中村瑛人
高師直:森川茉央
伴内:高橋慈生
勘平:入戸野伊織
おかる:沖香菜子
現代の勘平:樋口祐輝
現代のおかる:三雲友里加
石堂:古道貴大
薬師寺:安田峻介
定九郎:吉田 蓮
遊女:吉川留衣
与市兵衛:山田眞央
おかや:伝田陽美
お才:政本絵美
ヴァリエーション1:岡崎隼也
ヴァリエーション2:宮川新大


◆上演時間◆

《第1幕》  14:00 - 15:15                 

《休憩》    20分 

《第2幕》  15:35 - 16:20


来春の来日が待ち遠しいパリ・オペラ座バレエ団。オレリー・デュポン監督につづいて、輝けるエトワールたちのインタビューをお届けします。第1弾はアーティスティックな魅力が人気のベテラン、エルヴェ・モロー。前回のパリ・オペラ座バレエ団公演、世界バレエフェスティバルで会場を感動に包んだオレリーとの名パートナーシップが、日本公演『ダフニスとクロエ』で蘇ります!

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気の合うオレリーと初演した「ダフニスとクロエ」を日本でふたたび


 夏前に足を怪我し、休んでいたエルヴェ。10月22日から始まるバランシンの「ブラームス/ショーンベルグ・カルテット」にてオペラ座で舞台復帰する。その後の具体的な作品は今のところは未定だが、もうじき年末公演のためのキリアンのオーディションがあるとか。そして年があけたら、来日ツアーのための稽古が始まる。

 自分に創作された『ダフニスとクロエ』を再び踊れる機会が日本で得られることを、彼はとても喜んでいる。学校時代にスキヴィンの振付でこの作品を踊っているのが、ミルピエとの創作時にとても役にたったそうだ。

「このラヴェルの曲は聞いてる分にはとてもきれいでいいのだけど、踊るとなるとカウントが難しくて大変なんですよ。バンジャマンとはこれが初めての仕事だったけれど、彼の動きは僕にとてもフィットするものなんです。アイディアに溢れている彼なので、創作はとてもスピーディに進みました。彼って、振付がより滑らかになるようにと、ダンサーにもけっこう自由をくれるんです。例えば、ポルテの時に最高のポジションのために手の位置を変えていいとか...。気の合うオレリーと一緒だったこともあり、この作品の創作にはとても良い思い出があります 」

 オレリーと初めて組んだのは、彼のコール・ド・バレエ時代に遡る。『シルヴィア』で主役の彼女と第二幕の舞踏会シーンで踊る予定のダンサーが怪我をしたので、エルヴェが代役で踊る事に。その次は『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』にて。これも代役だった彼が急遽3日で彼女と稽古をして、舞台を共にすることになったというから縁のある二人だったのかもしれない。今や彼女は彼にとってこれ以上ない最高のパートナー。動きの感覚、音楽性など共通する事が多く、二人で溶け合って踊れる関係だという。日本でも、その彼女と舞台を共にする。

「バレエ・リュスの『ダフニスとクロエ』は物語を追ったバレエだけど、バンジャマンのものは抽象的です。今の時代にこうしたコンテンポラリーなビジョンは悪くないですね 。もっとも物語の鍵は生かされていて、例えば二人の愛のパ・ド・ドゥや、邪悪な ドルコンの登場、リュセイオンの誘惑、海賊によるクロエの誘拐など物語を知っている人はちゃんと辿ってゆけますよ 」 

 42歳が定年のオペラ座で、彼は5か月前の2018年5月にアデュー公演を行うことを決めたという。彼とオレリーに創作されたサシャ・ヴァルツの『ロミオとジュリエット』を演目に選び、そのパートナーはもちろんオレリーだ。前回の来日ツアーでの『椿姫』では、特別な時間を彼女と過ごせたというエルヴェ。今回の『ダフニスとクロエ』も、彼のダンサーとしてのキャリアにおける素晴らしい思い出の1つとなるに違いない。バレエ・ファンなら、その瞬間に居合わせられる幸運は逃したくない。

インタビュー・文/濱田琴子(ジャーナリスト、在パリ)


photo James Bort/OnP











佐々木忠次追悼公演
モーリス・ベジャール振付
「ザ・カブキ」(全2幕)


◆主な配役◆

由良之助:柄本弾
直義:森川茉央
塩冶判官:岸本秀雄
顔世御前:上野水香
力弥:井福俊太郎
高師直:木村和夫
伴内:岡崎隼也
勘平:宮川新大
おかる:川島麻実子
現代の勘平:和田康佑
現代のおかる:岸本夏未
石堂:宮崎大樹
薬師寺:永田雄大
定九郎:杉山優一
遊女:吉川留衣
与市兵衛:山田眞央
おかや:伝田陽美
お才:矢島まい
ヴァリエーション1:杉山優一
ヴァリエーション2:入戸野伊織



◆上演時間◆

《第1幕》  19:00 - 20:15                 

《休憩》    20分 

《第2幕》  20:35 - 21:20

佐々木忠次追悼公演
モーリス・ベジャール振付
「ザ・カブキ」(全2幕)メモリアル・ガラ


◆主な配役◆

由良之助:柄本 弾
直義:森川茉央
塩冶判官:岸本秀雄
顔世御前:上野水香
力弥:井福俊太郎
高師直:木村和夫
伴内:岡崎隼也
勘平:宮川新大
おかる:川島麻実子
現代の勘平:和田康佑
現代のおかる:岸本夏未
石堂:宮崎大樹
薬師寺:永田雄大
定九郎:飯田宗孝
遊女:吉川留衣
与市兵衛:山田眞央
おかや:伝田陽美
お才: 矢島まい
ヴァリエーション1:杉山優一
ヴァリエーション2:入戸野伊織



◆上演時間◆

《第1幕》  19:00 - 20:15                 

《休憩》    20分 

《第2幕》  20:35 - 21:20


来春3年ぶりの来日を果たすバレエの殿堂、パリ・オペラ座バレエ団。待望の日本公演までの間、パリ在住のジャーナリスト、濱田琴子さんによるインタビューをシリーズでお届けします。第1回はいま話題の中心、新芸術監督のオレリー・デュポンが語る、これからのパリ・オペラ座バレエ団について。

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若手たちの中に、未来のエトワールにふさわしい、多くの才能を見出しています。


 8月1日、芸術監督に就任したオレリー・デュポン。新シーズン開幕のガラ公演で美しいモノクロームのドレスを着てゲストを迎え入れる彼女の姿が、フランスのマスコミを賑わした。すっかり新しい肩書きが板についたようだ。

「パリ・オペラ座というのは、クラシック・バレエにおいて卓越したカンパニーであるべきなのです。私による2017/18年のプログラムにはクラシック作品を少し増やします。そしてコンテンポラリー作品にもオープンであり続けるので、これまでまだ踊られたことのない振付家の作品を加えます」。

 このように思い描くパリ・オペラ座バレエ団におけるエトワールは、クラシックもコンテンポラリーもどちらにも優れた完璧なアーティストでなければならない。両方を踊れるのは、知的な豊かさの証明だと語る彼女。あらゆるタイプのダンスを踊りたいと思う欲の持ち主を期待し、また振付家、観客、同僚などをリスペクトできる、人間的にも教育されていることをエトワールの資質としてあげる。

「私にとって大切なことは、エトワールは長いキャリアを通じて、優れたダンサーでなければなりません。今だけ、というのではなく。だから任命する私は、ビジョネアである必要がありますね。すでに若手の中に、素晴らしいダンサーを見出しています。これから遠くない時期に複数のエトワールが引退することは、まだ先のこととはいえ、これは若いダンサーたちにとって信じられないほどの好機であり、私にも良いタイミングといえます」

 引退後外からオペラ座を見ていたとき、ヒエラルキーが尊重されず、またオペラ座がカンパニーではなくグループになってしまったという印象を受けていたという。そして舞台に立つべきエトワールたちが配役されないことの心の痛みにも思いを馳せていた。公式発表された就任コメントの中で、思いやり、優しさのある芸術監督を目指すと語ったオレリー。それは具体的にはどんなことなのだろうか。

「例えば、自分の好みでないダンサーを配役しないというようなことはしません。人間をチェスの駒のように動かすようなことは、私には考えられません。今持っている権力を対人間に使うのではなく、ダンサーにとって良いと信じることをオペラ座にもたらすために発揮してゆきます。あらゆるダンサーがクオリティの持ち主なのだから、それを生かしてゆき、思ったことがあれば隠さず彼らに伝える...彼らにたいして正直でありたいと思っています」

 前芸術監督バンジャマン・ミルピエがリハーサル・スタジオの床を張り替えることを財政援助者もみつけて実現したことを彼女は評価している。彼が着手したメディカル・チームの結成については、ダンサーの怪我に即対応できる体制をより整えるべく、キネとMRI 検査の結果を読み取れる優秀な女性をプラスするそうだ。古典大作は体の痛みなしには踊れないことを体験してきたエトワール だからこその発想だろう。頼もしい芸術監督が率いるカンパニー。パリ・オペラ座バレエ団がますます輝きを増しそうで、楽しみである。


インタビュー・文/濱田琴子(ジャーナリスト、在パリ)


photo:Sophie Delaporte




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