2016年10月アーカイブ
2016年4月30日、佐々木忠次さんは亡くなった。明け方、蝋燭の火がすーっと消えるように、息をひきとった。華やかな人生を生きた人だったが、誰にも気づかれず、ひっそり、ひとり旅立った。正直、佐々木さんらしいなと感じた。
佐々木さんを想う時、二つの言葉が真っ先に浮かぶ。華やかさと孤独、である。対照的なこの二つが、この人の人生にはずっと寄り添い、貼りついていたように思われる。
佐々木さんは「インプレサリオ」であることに強い矜恃をもっていた。日本では馴染みのない言葉だが、欧米では、すぐれたプロデューサーでもある興行師に与えられた言葉である。孤高の指揮者カルロス・クライバーをいち早く招き、不可能といわれたミラノ・スカラ座の壮大な引っ越し公演を16年間の交渉の末、実現させた。以降、日本の劇場を歓喜と陶酔で満たす豊饒な祝祭空間へと変え続けた。
他方で、東京バレエ団をたちあげ、天才振付師モーリス・ベジャールにバレエ作品「ザ・カブキ」をつくらせ、1986年にはパリ・オペラ座はじめヨーロッパの五大オペラ劇場に乗り込んだ。創立22年目の極東のバレエ団が、だ。すべてが佐々木さんの夢であり、その夢を粘り強く実現させた。佐々木さんは、正真正銘、執念の人だった。そしてその夢に、多くのダンサーやスタッフを巻き込み、彼らに思いがけない夢の地平を見させた人でもあった。
この本は、そんな佐々木さんの、走り続けた、闘い続けた人生をご本人と50人近い人々の証言を基に描いたものである。バレエとオペラの話ではない。バレエとオペラに身を捧げ、世界と闘った日本人の話である。経済も文化もまだ二流と見られていた極東の国からの挑戦は、当初、嘲笑と奇異な視線に晒され、日本の外交官も冷たかった。しかし世界が次第に佐々木さんを認めていき、日本人たちの活躍を賞賛していったことが思いのほか誇らしく嬉しく、その闘いをもっともっと知ってもらいたいと思ったものである。
結局、佐々木さんは海外での高い評価に比べ、日本ではその業績はさして広く知られることはなかった。それは佐々木さん自身のシャイで、孤立していきがちな性格も起因していたかもしれない。
疾走するように生きた佐々木さんは最晩年、一日ベッドに臥し、もう喋ることもできず、刻(とき)が止まったような時空間をたゆたうように過ごしていた。人生とは、残酷な帳尻あわせをするものだなと、私は思ったものだが、そんななかで、佐々木さんは自分の闘いの足跡を書き残したいという強い思いに駆られたのだと思う。その思いが私のところにやって来たのだと思っている。
私が佐々木さんに初めて会ったのは2000年。3ヵ月ほど取材に通い、雑誌「AERA」の人物企画「現代の肖像」の記事を書いた。その記事を非常に喜び、人に配っていたことなど、今回の取材過程で初めて知った。
陽気で人並はずれて気配りの人の一方で、佐々木さんは自分の本音をほとんど漏らさない人だった。誰にも相談しない人だった。思いを時に吐露したのは、彼の黒い手帳にだけだったのではなかろうか。30余年にわたるこの黒手帳を見せてもらえたことが、今回の取材でとても大きな力となった。毎日、癖の強い文字と睨み合い、あれこれわからないことを質しているうちに、佐々木さんと対話しているような気がしたものだった。
それにしても、佐々木さんのまわりには、次から次へとドラマが起きた。ベジャールはじめ魅力的な人物も数多く登場した。佐々木さんの人生に退屈はなかった。
そんな作業の日々、時折、夕暮れ時などに、ふと空を見上げて、思わず呟いてしまったものである。スゴイね、スゴイよ、佐々木さんは......。
この本が、少しでもそんな佐々木さんの闘いの一端を伝えられることを願うばかりである。
追分日出子(ノンフィクション・ライター) 【文藝春秋 本の話WEB「自著を語る」より転載】
*「白鳥の湖」で犬が吠える―バレエ黎明期
*日本人ならではの統一美で弱点を克服せよ
*十六年、執念の交渉の末、実現した奇跡の舞台
*孤高の指揮者、カルロス・クライバーを日本に!
*日本大使館や役人の文化への無理解と孤独な闘い
*王族、大統領も続々観劇― 七百回超の海外公演
*ベジャール、ドン、三島......素顔のスターたち
*エンジンなしで飛行機を飛ばし続けた男
著者:追分日出子
オペラに配役の変更はつきものだが、今回のウィーン国立歌劇場「ナクソス島のアリアドネ」で、テノール/バッカス役をステファン・グールドが歌うことになったと聞いたときは驚いた。ヨハン・ボータの急逝に伴っての代役だが、もともとこの演出が2012年にウィーンで上演された際のキャストがグールドなのだから、これ以上の適役はない。よくもそう都合よくグールドのスケジュールを調整できたものだ......あれれ? グールドって、10月の新国立劇場で「ワルキューレ」に出演しているのではないの! 初台で10月18日までジークムント役を歌ったグールドが、10月25日からウィーン国立歌劇場来日公演でテノール/バッカス役を歌うことになる。
なんだか少し奇妙な気分になる。というのも、「ナクソス島のアリアドネ」は劇中劇の趣向が施されたオペラについてのオペラ、いわばメタオペラ。前半の「プロローグ」に登場する「テノール歌手」という役が、後半の「オペラ」のなかで「バッカス」を歌うわけだ。この劇中の「テノール歌手」が、つい先日ジークムント役を同じ東京で歌っていたという現実と地続きになっている。リヒャルト・シュトラウスが巧妙に作り上げたフィクションの世界に、現実の側がワーグナー経由で切れ目なくつながってしまったかのような感覚がある。
で、そのグールドは「ワルキューレ」で圧倒的な存在感を見せつけた。世界有数のヘルデン・テノールにふさわしい力強い歌唱は余裕を感じさせるほど。しかも強靭なだけではなく、抒情的な表現もすばらしい。シュトラウスのひねりの利いた趣向を生かすためには、テノール歌手/バッカス役にはいかにもヘルデン・テノールらしいテノールであってほしいもの。グールドはまさにうってつけといっていいだろう。大詰めでのバッカスの歌唱は大きな聴きどころだ。
ところで「ナクソス島のアリアドネ」って、最後の終わり方が不思議だと思いませんか。劇中劇の「オペラ」から、外側の劇に戻ってくるのかと思いきや、戻ってこない。バッカスが格調高くアリアドネへの愛を歌って、幕を閉じる。あれほどの美しい歌の後には、なにを続けても野暮ってことなんでしょうか。
飯尾 洋一(音楽ジャーナリスト)
〈グラン・ガラ〉で踊られる『アザー・ダンス』。〈世界バレエフェスティバル〉で、彼女とジョジュア・オファルトが見せた素晴らしい舞台を覚えている人も多いだろう。この作品を踊るダンサーには何が必要なのだろう。
佐々木忠次追悼公演
モーリス・ベジャール振付
「ザ・カブキ」(全2幕)
◆主な配役◆
由良之助:柄本弾
直義:森川茉央
塩冶判官:岸本秀雄
顔世御前:奈良春夏
力弥:井福俊太郎
高師直:木村和夫
伴内:岡崎隼也
勘平:松野乃知
おかる:吉川留衣
現代の勘平:和田康佑
現代のおかる:岸本夏未
石堂:宮崎大樹
薬師寺:永田雄大
定九郎:杉山優一
遊女:三雲友里加
与市兵衛:山田眞央
おかや:伝田陽美
お才:矢島まい
ヴァリエーション1:杉山優一
ヴァリエーション2:入戸野伊織
◆上演時間◆
《第1幕》 14:00 - 15:15
《休憩》 20分
《第2幕》 15:35 - 16:20
佐々木忠次追悼公演
モーリス・ベジャール振付
「ザ・カブキ」(全2幕)
◆主な配役◆
由良之助:秋元康臣
直義:永田雄大
塩冶判官:松野乃知
顔世御前:渡辺理恵
力弥:中村瑛人
高師直:森川茉央
伴内:高橋慈生
勘平:入戸野伊織
おかる:沖香菜子
現代の勘平:樋口祐輝
現代のおかる:三雲友里加
石堂:古道貴大
薬師寺:安田峻介
定九郎:吉田 蓮
遊女:吉川留衣
与市兵衛:山田眞央
おかや:伝田陽美
お才:政本絵美
ヴァリエーション1:岡崎隼也
ヴァリエーション2:宮川新大
◆上演時間◆
《第1幕》 14:00 - 15:15
《休憩》 20分
《第2幕》 15:35 - 16:20
来春の来日が待ち遠しいパリ・オペラ座バレエ団。オレリー・デュポン監督につづいて、輝けるエトワールたちのインタビューをお届けします。第1弾はアーティスティックな魅力が人気のベテラン、エルヴェ・モロー。前回のパリ・オペラ座バレエ団公演、世界バレエフェスティバルで会場を感動に包んだオレリーとの名パートナーシップが、日本公演『ダフニスとクロエ』で蘇ります!
佐々木忠次追悼公演
モーリス・ベジャール振付
「ザ・カブキ」(全2幕)
◆主な配役◆
由良之助:柄本弾
直義:森川茉央
塩冶判官:岸本秀雄
顔世御前:上野水香
力弥:井福俊太郎
高師直:木村和夫
伴内:岡崎隼也
勘平:宮川新大
おかる:川島麻実子
現代の勘平:和田康佑
現代のおかる:岸本夏未
石堂:宮崎大樹
薬師寺:永田雄大
定九郎:杉山優一
遊女:吉川留衣
与市兵衛:山田眞央
おかや:伝田陽美
お才:矢島まい
ヴァリエーション1:杉山優一
ヴァリエーション2:入戸野伊織
◆上演時間◆
《第1幕》 19:00 - 20:15
《休憩》 20分
《第2幕》 20:35 - 21:20
佐々木忠次追悼公演
モーリス・ベジャール振付
「ザ・カブキ」(全2幕)メモリアル・ガラ
◆主な配役◆
由良之助:柄本 弾
直義:森川茉央
塩冶判官:岸本秀雄
顔世御前:上野水香
力弥:井福俊太郎
高師直:木村和夫
伴内:岡崎隼也
勘平:宮川新大
おかる:川島麻実子
現代の勘平:和田康佑
現代のおかる:岸本夏未
石堂:宮崎大樹
薬師寺:永田雄大
定九郎:飯田宗孝
遊女:吉川留衣
与市兵衛:山田眞央
おかや:伝田陽美
お才: 矢島まい
ヴァリエーション1:杉山優一
ヴァリエーション2:入戸野伊織
◆上演時間◆
《第1幕》 19:00 - 20:15
《休憩》 20分
《第2幕》 20:35 - 21:20
来春3年ぶりの来日を果たすバレエの殿堂、パリ・オペラ座バレエ団。待望の日本公演までの間、パリ在住のジャーナリスト、濱田琴子さんによるインタビューをシリーズでお届けします。第1回はいま話題の中心、新芸術監督のオレリー・デュポンが語る、これからのパリ・オペラ座バレエ団について。